
男は毎日のように新興住宅地を歩き回り、手ごろな家を物色していた。歩き回る時はいつもセールスマンに扮(ふん)し、スーツ姿にアタッシュケースという出で立ちだったため、怪しまれることはなかった。
1月も終わりに近づき、年末の実入りも底をつき始めた頃だった。男が次に目をつけた新興住宅地は、電車の駅まではバスで15分、小学校にも歩いて20分以上かかるような所にあり、病院や交番、銀行なども未整備で、やや不便な立地だった。
その地域の燃えるゴミの指定日は、火曜日と金曜日だった。
男が下見に来たのがたまたま火曜日で、朝7時40分に安藤久美さん(42歳)が慌ただしく家からゴミ袋を持って集積場に行ったところに出くわした。集積場までは約30メートルの距離がある。
「へぇ、鍵は掛けないんだ......」
男は久美さんの様子をじっと見つめていた。
そして翌週の火曜日の朝、用意を周到に整えた男は、7時30分から久美さんの家を見張っていた。
7時43分、大きなゴミ袋を持った久美さんが玄関から出て、集積場に向かった。いつも通り鍵は掛けていない。男は素早くその玄関から久美さんの家に入った。そして玄関脇の和室に入り込み、久美さんの帰宅を待った。
何も知らない久美さんは、ゴミを出し終えて家に戻った。朝食の後片付けや掃除を済ませたら、10時から4時までのパートに出かける支度をしなければならない。
カチャ。玄関のドアに鍵を掛ける音が、和室に潜んでいた男に聞こえた。
久美さんがサンダルを脱ぎ、上がり框(かまち)に足をかけた瞬間、和室から男が現れた。
「きゃ......」
声を出そうとしたが、それよりも早く男は久美さんの口をふさいだ。
「騒ぐな!」
男は持っていた庖丁を突きつけると、丸めた軍手を久美さんにくわえさせ、その上から粘着テープを貼った。そして、久美さんを和室に引きずり込んだ。
「脱げ!」
怯えた久美さんは、震えておぼつかない指で服を脱いでいった。
下着姿になった時、男はいきなり久美さんに覆いかぶさり、ビリビリ音を立てて下着を破り取った。ナイロンの下着は細い紐状になり、久美さんの肌には食い込んだ跡がついた。全裸になった久美さんはなんとか命乞いをしようとしたが、声が出ない。どうしようもなく、土下座をして見せた。だが、そんな様子にはおかまいなく、男は久美さんの両手を粘着テープで巻き、仰向けにひっくり返すと、ズボンと下着を脱ぎ捨て、久美さんに襲い掛かった。
久美さんにとっては何時間にも思われたが、実際には数分しか経っていなかった。元のスーツ姿に戻っていた男は、意識が朦朧(もうろう)として横たわる久美さんに、
「四つん這いになれ!足を開け!」
と野太い声で命じた。
男は久美さんの背後に回ると、デジタルカメラを取り出し、久美さんのあられもない姿を撮影し始めた。何枚もシャッターを切る音が、久美さんの耳にも聞こえてくる。
「やめてぇ!」
声にならない久美さんの悲鳴は、あふれる涙となり、畳の上にこぼれ落ちた。
デジタルカメラには、次々と久美さんの写真が映し出されては、保存されていった。久美さんは発狂しそうだった。
男はデジタルカメラをコートのポケットにしまい込むと、久美さんに金を要求した。
久美さんには逆らう気力もなかった。心身共にボロボロだった。手に巻かれた粘着テープをほどかれた久美さんは、静かに服を着始めた。
「さっさとするんだ!」
脅されても、久美さんには急いで行動する力も残っていない。かろうじて服を着たあとは、男の要求に従って家の中にある現金を集めて歩くしかなかった。
久美さんが男に渡した現金は、全部で27万円だった。
不意の出費に備えて常に手元に置いておくことにしている20万円、小学校5年生の娘が通う塾とお稽古事の月謝の5万円、そして財布に入っていた1万円札、千円札、そして小銭までも合わせた2万円だった。
男は現金をアタッシュケースの中にバサッと放り込むと、久美さんに向かって言った。
「奥さん、いい写真をありがとうな。ゆっくり楽しませてもらうよ」
不適な笑みを浮かべた男は玄関を開け、静かに出て行った。
午前10時半。普段は遅刻をしない久美さんが現れないことを案じたパート先の上司から電話が入った。放心状態だった久美さんはやっとの思いで受話器を取った。そして強盗に入られたことだけを告げると、泣き崩れてしまった。
久美さんの身に異変が起こったことを察した上司は、機転を利(き)かせて、久美さんの夫である一也さん(45歳)の勤務先の会社に連絡を入れた。
驚いて帰宅した一也さんに、久美さんは本当のことを言えなかった。ただ、強盗が入ったこと、脅されて現金を渡したことだけを話した。
一也さんは久美さんに言った。
「どうしてすぐに110番しなかったんだ!」
久美さんは何も答えず、ただ泣くだけだった。久美さんは心の中でつぶやいていたのだ。
「どうしたらいいの?あなた、ごめんなさい」
一也さんは詳しい事情がわからないまま、すぐに警察に連絡した。
駆けつけたベテランの警察官は、久美さんの様子にピンときたため、女性の捜査官から事情を聞き出させた。久美さんは泣きながらすべてを話し、事態は一也さんにも知らされることとなった。そのことで、久美さんはさらに深く傷ついた。
2カ月後、似顔絵がもとで、男は隣町で逮捕された。
男の手帳には50軒近い家の情報が記されていた。男は久美さんと同じような手口で襲った12件の犯行を自供したが、警察官が裏付け調査に訪れても、事件があったと認める家は1軒しかなかった。
新興住宅地が犯罪多発地帯であることは前述した(108ページ)通りだが、新興住宅地に限らず、ゴミ出しについては神経を遣う必要がある。
まず、ゴミの集積場がどんなに近い場所であっても、鍵を掛けずに家を出るべきではない。「ちょっとゴミ出し」のつもりが、出くわした近所の人と立ち話になって3分、5分と経ってしまうこともありがちだろう。
施錠されていないドアからは、2、30秒もあれば侵入が可能だ。その2、30秒で久美さんの人生は変わってしまったのだ。
どうしても施錠が面倒くさいという人には、オートロック式補助錠をお勧めする。鍵を持たずに外出でき、ロックされた鍵は暗証番号で開けられるため、数分の外出にもとても便利である。
夜のうちにゴミをだすのもやめてほしい。ゴミ袋が持ち去られ、その中から情報が出されて利用されるケースが多々あるからだ。
あなたにとってはもはやゴミでしかない書類や郵便物が、犯罪者にとっては有益な情報になることがある。例えば電話会社からの請求書であれば、あなたの氏名・住所・電話番号がすべて記されている。それを考えたら、その恐ろしさがわかるだろう。住人の知られたくなかった趣味嗜好が割り出され、それが悪用されたケースもある。
犯罪者に利用される可能性がある書類や郵便物は、すべてシュレッダーで寸断してから捨てるぐらいの用心深さがほしいところだ。
強姦されたうえ、恥ずかしい写真を撮られた久美さんは本当に気の毒である。しかし実のところ、この手の犯罪(侵入強盗)は非常に多く、そのほとんどが表面化していないのが現実だ。
強姦したり写真を撮ったりするのは、犯人の性欲の問題ではなく、「被害届」を出させないための手段である。したがって、女性の容姿や年齢は関係ない。私が検証した事件の中で、口封じのためにレイプされた女性の最高年齢は80代である。
被害者が警察に届けを出さないのは、恥ずかしいからと自ら口を閉ざす場合もあるし、犯人から「届けたらこの写真をばらまくぞ」と脅された場合もある。ただし、一つ言っておきたいのは、実際に写真がネットなどでばらまかれたケースはほとんどないということだ。卑劣な犯罪者を野放しにしないために、勇気を持って届け出てほしい。