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マンションの屋上からやってきた男

防犯事例5:マンションの屋上からやってきた男イメージ画像1証券会社でトレーダーとして活躍する高橋幸太さん(28歳)が住んでいるのは、若者たちにとって憧れの住宅地にある賃貸マンションだ。1年前に、それまで住んでいた小さなアパートから、「自分への褒美」とばかりに、この新築のマンションに引っ越してきた。
母親の佳代子さん(54歳)は、都心から電車で3時間以上かかる地方の町に住んでいるが、息子の活躍には日頃から目を細めており、マンションを選ぶ時にはずっと一緒について回った。
幸太さんの家は、10階建てマンションの最上階にある。幸太さんが佳代子さんを伴ってこの部屋を見に来た時は、すでにその日の3軒目で、夕方にさしかかっていた。東側には夕日に照らされる都会の高層ビルが、西側には遥か遠くに連なる山が望めた。
「最高の見晴らしね!いいお部屋じゃない!」
はしゃいで飛びついたのは佳代子さんのほうだった。幸太さんとしては家賃が予算よりもやや高いことが気になったものの、佳代子さんが礼金と月々の管理費を出してくれると提案したので、思い切ってこの高層マンションに決めた。
だが幸太さんは、朝8時に家を出ると、いつも夜の11時頃までは帰宅しない。せっかく気に入った夜景も眺める時間がないほど忙しい毎日だった。
佳代子さんはそんな幸太さんの体を気遣って、二カ月に1回ぐらいの割合で上京し、部屋の掃除などをしていた。洗濯ぐらいはかろうじて休日にまとめてやっているとはいえ、とても掃除までは手が回らないのをよく知っていたからだ。

10月初旬、佳代子さんはいつものように幸太さんの家にやってきた。朝11時頃から掃除を始め、午後2時頃に作り置きの料理の材料を買いに近所の商店街へ出かけた。
1時間ほどで戻ってくると、テレビモニター付きのドアフォンに来客の履歴が残っている。画像を見ると、宅配便の配達員のような男の姿が写っていた。
「あら?荷物だったのかしら?」
郵便受けを確認しに行ったが、不在票は見当たらない。佳代子さんはあまり気にとめずに料理を始めた。野菜の煮物、シチュー、生姜焼き用に漬け込んだ豚肉、トースターに入れて焼くだけにしたピザトースト、豚肉の角煮......、幸太さんの好きな食べ物が次々に作られ、粗熱(あらねつ)をとるためにテーブルいっぱいに並べられた。
「ふぅ~、これだけあれば、かなりもつわね」
満足で独り言(ご)ちた佳代子さんは、マッサージチェアに身を任せてテレビをつけた。

午後6時。うっかり居眠りをしてしまった佳代子さんは目を覚ました。1時間近く寝たらしい。だいぶ早くなった日没は、幸太さんの部屋の中を薄暗くしていた。
「あら、いけない......」
佳代子さんは慌てて起き上がり、キッチンの電気をつけて、料理を食品保存用ファスナーバッグに詰めようとした。ところがファスナーバッグが残り一枚しかない。仕方なく、佳代子さんはもう一度商店街に出かけた。

午後7時。佳代子さんが作った料理を冷凍保存するためファスナーバッグにせっせと詰め込んでいると、幸太さんからの電話が鳴った。
「あ、おふくろ?今日はありがとうね。今晩はちょっと早く帰ろうと思うから、一緒にメシ食って、たまには俺ん家に泊まってってよ」
「そう?じゃあ、そうしようかしら。何時頃帰ってくるの?」
「だいたい9時頃になっちゃうけど、近所におしゃれなダイニングバーがあるんだ。そこなら9時でも大丈夫だから」
「あら、嬉しいわ。じゃあ、楽しみに待ってるわね」
佳代子さんはウキウキと料理を冷凍室に詰め込んだ。

午後8時、佳代子さんは先に入浴して息子の帰りを待つことにした。
浴室に向かおうとした時、佳代子さんは背後で物音がしたような気がした。何も物を置いていないはずのベランダのほうから聞こえてくる。
佳代子さんは不思議に思いながらベランダのほうを見た。窓に掛かるカーテンが風で揺れている。佳代子さんは掃除を済ませたあと、窓の鍵を掛けていなかったことを思い出した。
「こんな高い所に泥棒が入るはずないけど、鍵だけは掛けておかなきゃ」
そう自分に言い聞かせながら窓に向かった佳代子さんの目に、思いがけないものが映った。部屋の窓際に、大男が立っていたのだ。
「きゃあっ!誰なの?」
大男は振り向いて佳代子さんを凝視した。
「誰か来てえ!」
佳代子さんは大声で叫んだ。だが大男のほうもまた、パニックに陥(おちい)っていた。大男はポケットからナイフを取り出すと、佳代子さんに切りつけた。
「誰か助けて!」
大男は「ちくしょう......」とつぶやき、玄関のドアを開けて走り去っていった。
しばらくの間、佳代子さんは何事が起きたのかわからず茫然としていたが、やがて男に切りつけられた右腕が痛むのに気づいた。パックリと開いた傷口からは、鮮血がほとばしり出ている。
その痛みで我に返った佳代子さんは、ヨロヨロと電話に近づいた。1、1、0......。1つずつ確かめるようにボタンを押した。ところが受話器からは、時報が聞こえるばかりだ。動転して正確に押すことができないのだ。3回目でやっと警察に通報することができた。

駅からかけた電話に佳代子さんがでないことを不審に思った幸太さんが走って帰宅したのは、その30分ほど後だった。家の前に数人の警察官が立っている。
「何かあったんですか?」
そう尋ねた幸太さんの目の前に、血まみれの腕を救急隊員によって仮処置されてい座り込んでいる佳代子さんの姿が飛び込んできた。
「おふくろ!」

犯人はすぐに逮捕された。幸太さんのマンションの向かい側にある、古いマンションの6階に住むその大男は、38歳の元レスキュー隊員だった。
交通事故を起こして足に怪我を負ったことで仕事を断念せざるを得なくなり、3年前に退院してからは定職に就くこともなく暮らしていた。生活を支える妻が仕事に出てしまうと、日がな一日、窓から街を眺めていたという。
目の前に自慢気に立ちはだかる新しいマンションは、挫折した男のひがみや妬(ねた)みを増幅させていった。なかでも最上階に入居した1人暮らしの若者が颯爽(さっそう)と出勤する様は、羨望の対象というよりも、憎しみの対象になっていた。
「若造のくせに、あんな所に住みやがって......。あいつの財産を奪ってやる......」
男は毎日、幸太さんの部屋を観察するようになったのだ。

昔取った杵柄(きねづか)で、ロープをつたってマンションの屋上から最上階のベランダに下りることなど朝飯前だった。侵入当日は、幸太さんの不在を念押しするために、宅配業者を装って家を訪ねた。佳代子さんが買い物に出ていた時間だ。
そしてマンションの屋上に上がる前に、部屋の電気がついているかどうか確認した時も、たまたま佳代子さんは二度目の買い物に出ていた。男はいつも通り深夜まで誰もいないと信じて疑わなかった。
留守宅で犯行時間がたっぷりあると想定していた男は、計画では犯行後に屋上に戻って持ち帰る予定だった荷物と侵入用のロープを残したまま逃走した。後日、逮捕につながる証拠として充分だった。

幸太さんは引っ越すことに決めた。新しい住まいを探すに当たって、佳代子さんの言葉は、前とはずいぶん違っていた。
「お願いだから、最上階はやめてね」

最上階はリスクも高い

防犯事例5:マンションの屋上からやってきた男イメージ画像2マンションの最上階は安全だと思い込んでいる人が多いが、とんでもない間違いだ。屋上からロープを垂らせば、ベランダに簡単に下りられるからだ。そして最上階には高額所得者が多いこと、彼らの防犯意識が薄いことを、犯罪者はよく知っている。最も高い階にある家は、実はリスクも高いのだ。
もし、どうしても最上階に住みたいのであれば、屋上に通じる出入り口にきちんとした施錠設備が施されており、屋上から下のベランダに下りられないように柵などが設置されているマンションを選んでもらいたい。
ベランダの防犯対策としては、不審者が侵入すると明るくなったり警報が鳴ったりするセンサーを取り付けるのがいいだろう。あるいは、窓ガラスを防犯ガラスに替えたり、防犯フィルムを貼ったり、窓用補助錠を付けたりするのもいい。
高層マンションの最上階は、遠方からでもよく見える。双眼鏡でも使えばなおさら観察できる。したがって、せめて日が落ちた時点で室内に自動的に照明がつくぐらいの対策をしていただきたい。最近は、「タイマー付き照明器具」も市販されている。そのための電気代など微々たるものである。もちろん、ベランダの施錠は言うまでもない。


もし犯人と鉢合わせたら

防犯事例5:マンションの屋上からやってきた男イメージ画像3この事件は、空き巣が居直り強盗に変身したケースである。
佳代子さんが傷を負ったのは、大声を出したことが原因だ。この犯人は、てっきり不在だと思っていた家で家人に見つかって、パニックを起こしてしまったのだ。

侵入者と鉢合わせた場合に大声を出すのは危険である。居直った犯人に刺される可能性が高いからだ。空き巣で済ませるつもりが殺人事件まで起こしてしまった犯人が、「騒がれたから殺した」と自供するケースは多い。万が一、自宅で侵入者と鉢合わせた場合、できるだけ犯人に近づかないようにしながら外に逃げるほうがいいだろう。

梅本正行著「梅さんの次に狙われるのはあなたの家です!」(PHP出版)より抜粋

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