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家の周囲は盲点だらけ

防犯事例2:家の周囲は盲点だらけイメージ画像1地元で不動産業を営む社長の坂本勇治さん(53歳)は、朗らかな人柄で信頼されている好人物だ。妻の清香さん(48歳)と2人の娘(17歳、20歳)と暮らしている。
3年前に買った2階建ての自宅は、ゆったりした敷地に同じような風情(ふぜい)の建て売り住宅が点在する住宅街の一角で、私鉄の線路に面している。西隣には、まだ入居者が決まっていない建て売り住宅があり、昼間は不動産販売会社の人が出入りしている。

5月のうららかな金曜日の午後だった。勇治さんは事務所を出ると、日曜日の取引に必要な現金を引き出すために、郵便局の本局に向かって車を走らせた。
駐車場に車を停めて郵便局に入る自分の姿を、他の車の中から目つきの悪い男が見ていることに、勇治さんは気づかなかった。男が勇治さんを見かけたのは偶然だが、悪事を重ねているその男は、勇治さんの顔も、不動産屋の社長であることも知っていた。男は同乗していた仲間に声をかけると、同じ仲間の女とアベックを装って郵便局に入り、受付の券を取っ手からロビーのソファーに腰を掛け、順番待ちをしているふりをした。
勇治さんは窓口の女性に呼ばれてカウンターに行き、目の前に積まれた400万円の束を郵便局の封筒に入れると、それを茶色のアタッシュケースにしまった。その様子をソファーから見ていた男は、車で待つ仲間に電話を入れた。
「4、500万円は引き出したぞ」
「よし、わかった」
3人は車に乗り込み、気づかれないように勇治さんの車のあとをつけていった。人けのない道で勇治さんの車に追突し、揉(も)めている間に金を奪うという算段だ。ところが勇治さんの車は事務所ではなく、そのまま自宅に向かい、適当な機会が見つからないうちに着いてしまったため、やむなく計画を変更して、線路の反対側にある、約50台の車が入る月極駐車場から勇治さんの家の様子を窺(うかが)うことにした。

明けて土曜日の朝。勇治さんはゴルフに出かけた。快晴の空の下でクラブを振り抜き、ボールと一緒に日頃のストレスも吹き飛ばした勇治さんのスコアは上々で、ご機嫌な1日が過ぎた。
帰りがけにメンバーから打ち上げに誘われたが、勇治さんは断った。出がけに次女から、「パパ、いつも仕事ばっかりで一緒に食事もしないんだから。たまには焼き肉にでも連れてってよ」とせがまれていたからだ。それを聞いて、いつもはアルバイトで帰宅が遅い長女までもが、「え?そういう計画?じゃあ、バイト誰かに代わってもらお~っと!」と、はしゃいでいた。そんな娘たちの強引さに、勇治さんは渋々ながら家族を連れて焼肉店に行くことにしていたのだ。
夕刻、坂本さん一家は勇治さんの運転する車で出かけていった。家族揃っての久しぶりの外食に、清香さんも娘たちも嬉々として話が弾み、勇治さんは家族がいる幸せを噛みしめていた。まさか何者かが線路の向こう側から坂本家の外出する様子をみているとは思う術(すべ)もなかった。

焼肉店で楽しい夕食が始まった頃、その裏で一家の平和は打ち砕かれていた。
犯行グループは、1人の見張りを立てて、1階にある勇治さんの書斎の高窓を手際よく破っていた。書斎は西側の隣家に面しており、道路からはまったく見えない死角になっている。高窓の下にはエアコンの室外機が設置されていた。
坂本家の前を走る私鉄は本数が多く、電車は5分と空けずに往来する。電車が通過するゴーッという騒音は、窓ガラスを破る音ですら消してしまうほどだ。まして、その窓に隣接するのが空き家なのだから、犯人にとってはこのうえなく好都合な状況だった。
書斎の高窓はレースのカーテンを引いているだけで、机の上もソファーに放置してあるアタッシュケースも外から丸見えになっていた。防犯のつもりでつけていった廊下の灯りが、中の様子を見えやすくしていたのだ。
犯行グループは室外機の上に靴を脱いで侵入したため、室内には足跡を残さなかった。そして目当てのアタッシュケースを開けて中を確認すると、それを持って素早く逃走した。他の金品には目もくれなかった。
犯行が行なわれて1時間後、坂本さん一家は満ち足りた気分で帰宅したが、勇治さんだけはゴルフ仲間の飲み会に合流するために、その足で再び出かけていった。
書斎には、ふだんから勇治さん以外の家族が出入りすることはない。深夜を回って帰宅した勇治さんは、そのまま寝室へ直行して床に就いてしまった。

明けて日曜日の朝、取引に向かうために身支度を済ませた勇治さんは、アタッシュケースを取りに書斎に行った。だが部屋に入った瞬間、勇治さんの心臓は止まりそうになった。間違いなくソファーの上に置いたはずのそれが、どこにも見当たらないのだ。勇治さんは叫んだ。
「清香!清香!おーい!」
日ごろは聞いたことのない勇治さんの大声に、清香さんは慌てて駆けつけた。
「どうしたの?」
「おまえ、ここに置いた俺のカバンをどこへやった?」
「知らないわよ」
「美香と千香に訊いてみろ!」
「美香ちゃーん、千香ちゃーん!」
休みの日に朝から呼びつけられて仏頂面の娘たちに、血相を変えた勇治さんが訊いた。
「俺のカバンを知らないか?」
「知らないわよぉ」
その時、ハッとした清香さんが、窓辺に行ってレースのカーテンを開けた。
「キャー!」
娘たちも叫んだ。
「ウソー!」
書斎の窓ガラスが切り取られたように壊され、クレセント錠は開いたままである。
「やられた!」
清香さんがおそるおそる窓の外を見下ろしてみると、室外機の上には大きな足跡が残っていた。

金曜日に勇治さんが帰宅してから今朝までの間に、何者かが侵入したのだ。ガラスを割る音に気づかなかったところをみると、就寝中か外食に行った時だと推測された。就寝中であればいくらなんでもガラスを破る音に気づいただろう。「やはり食事に出かけている間に」と思うと、勇治さんは楽しく外食していた時間が恨めしくなった。だが、通報を受けて駆けつけた警察官から、
「もし人がいる時に侵入されていたら、とんでもない被害に遭ったかもしれなかった」
と言われ、その恐ろしさに気づいた時は言葉も出なくなった。
勇治さんは、その日の仕事をキャンセルした。他には被害がないことから考えて、アタッシュケースを狙ってきたとしか思えない。勇治さんは「なぜ家に400万円を置いていることを知っていたのだろう」と不思議でならなかった。

大金を無造作に扱うな

防犯事例2:家の周囲は盲点だらけイメージ画像2不動産業といえば、特に狙われる業種の1つだ。被害者には、まずその自覚が欠けていた。
仕事柄、高額の現金を扱い慣れている人は、「現金の束」を大金というよりも書類のような感覚で捉えていることが多い。アタッシュケースに入れたままソファーに放置するという行為が、それを如実に表わしている。盗られて初めて額の大きさに気づくのであるが、日頃はお金という意識が薄くなっているのだ。
金融機関の窓口で札束を無造作に受け取る習慣は、即刻やめなければならない。これは狙われやすい職業の人に限ったことではなく、誰にでも言えることだ。窓口担当者の意識も薄いために、誰の目にもつくカウンターの上に札束を置いて渡すケースが多いが、金額が大きい場合は別室で受け取るべきである。担当者に頼めば対応してくれるはずだ。渡されたお金をすぐに封筒に入れれば窓口で受け取ってもかまわないだろうなどと考えてはならない。カウンターの上に積まれた大金を、誰が見ているかわからないからだ。

泥棒が入りにくくなるような工夫を

防犯事例2:家の周囲は盲点だらけイメージ画像3あなた自身が泥棒になったつもりで、自宅を外から見てみよう。入りやすい状況、室内が見えやすい状況がないだろうか。もしあれば、それに対処する工夫が必要だ。
この事件では、エアコンの室外機が侵入者の足場となって、窓の焼き破りに遭った。高窓のすぐ下にある室外機は、まるで「どうぞ、ここからお入りください」とわざわざ泥棒に梯子(はしご)をかけてやっているようなものだ。室外機の場所を、すぐに窓下から移動しなければならない。
また、レースのカーテンだけでは外から丸見えで、これも「どうぞ、ご覧ください」と言っているようなものだ。夜、外が暗くて室内が明るい状況は、外に潜んでいる侵入者にとって、姿を見られることなく家の中をじっくり観察できる最高の条件なのである。昼間でもレースは外から部屋の細部が見えないような柄が望ましいし、夜は必ず厚手のカーテンを引くことが大切だ。

自宅の周囲には隙がないか

防犯事例2:家の周囲は盲点だらけイメージ画像4あなたは自宅の周囲を見回したことがあるだろうか。
坂本家の周囲の環境には、侵入者にとっては助けになるような隙が幾つもあった。
まず、隣が空き家だったこと。昼間は不動産業者が見回りに来るとしても、夜は無人の物騒な場所に変わる。侵入者にとって無人の建物は、自分たちの姿を隠し、物音や話し声を聞きつけられる心配がない好都合な存在だ。
次に、線路際であること。電車の通過する騒音は、ガラスを破る音や侵入する物音を簡単に消してしまう。そして騒音に慣れている住人たちは、少しぐらいの音には鈍感になるものだ。
さらに、大きな駐車場からよく見えること。複数の車が常に停まっているから、たむろしている3人組を怪しむ人はいない。月極駐車場でも、どこかに空いているスペースはあるものだ。仮に格好の場所がなく、契約者のいる所に停めたとしても、運転手が乗っているのだから、見とがめられたら場所を移動すればいいだけである。
家の周囲の環境を自力で変えることは困難だ。であるからこそ、環境のどこに隙があるか、死角があるかを考え、気を配り、対処することが大切なのだ。


梅本正行著「梅さんの次に狙われるのはあなたの家です!」(PHP出版)より抜粋

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